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  1. 【必要な】『勉強のできる』子にする【十箇条】
ギャザリーからの重要なお知らせ

更新日 2016/08/04

【必要な】『勉強のできる』子にする【十箇条】

自分の子どもを『勉強のできる』タイプに育てるには、どうしたら良いのか?たとえ、親であっても「出来ること」「出来ないこと」の区別がある。子どもがしっかり成人するまで、親は子どもを教育することが義務であり「生き甲斐」にもなるもの。『勉強のできる』子にする必要な十箇条を挙げて解説する。

自分の子どもを『勉強のできる』タイプに育てるには、

どうしたら良いのか?

たとえ、親であっても「出来ること」「出来ないこと」の区別がある。

子どもがしっかり成人するまで、

親は子どもを教育することが義務であり、

「生き甲斐」にもなるもの。

『勉強のできる』子にする必要な十箇条を挙げて解説する。

その1・小さい頃から「勉強しなさい!」は禁句

「勉強ができたらよい。もっと勉強しなければならない」と本当に思っているのは本人。

「勉強しろ!」と言われると勉強は親のためにやるのか?と誤解してしまう。

良い子であるために勉強をするという…精神的に無理な状態を招いてしまう。

果たして、親に反発するために勉強嫌いとなってしまう。

その2・テレビ・遊びにおいて「勉強を済ませてから!」と言わない

勉強をしたあとでテレビを見れば勉強した内容を忘れる。

寝る頃にはすっかり勉強した内容を忘れている。

「あはは」と笑うとすべての勉強が消える。

一日の仕事のストレスを忘れるために、大人がテレビを見るのと同じ。

寝る前に勉強をすると寝ている間にストレスが頭に行き、理解したこと・記憶すべきことが寝ている間に頭脳に定着する。

心理学の有名な実験によっても、寝る前の勉強が一番良いことが実証されているのだ。

その3・「塾通い」を決して強制しない

塾通いすれば成績が上がり親が喜ぶ。

親の喜ぶのを見て子供はもっと勉強をする。

受験戦争に打ち勝って憧れの大学に入って親も鼻高々。

子供も有頂天。

まるで、これで、人生の目的を達したかのよう…。

人生はそんなに甘くはない。

大学で留年の危機。

仕事で無能の烙印。

人生、何のために勉強するのか?

強制的に子供を塾に行かせると勉強の意義を見失い、自主性・知的探究心・自己確立ができず、ヘンな大人になる危険性が高い。

子どものほうから「塾に行きたい」旨を言ってくるまで、塾通いさせるを待つべき。

その4・「漫画ばかり読んでないで!」などと叱らない

「漫画を読んではいけない」

「勉強になる本を読みなさい」

こういうことでは、子供に本を読む楽しさが身につかない。

「教科書だけは読んでいい」とか「小説でも名作を読みなさい」とか、親は大人の基準で子供を縛り付けるもの。

漫画でも名作と呼べるものはあり、教科書でもつまらないことが書かれてあるものがある。

子供がそれまでの体験から面白いと思うものがベストで、親が読書の基準を作ってはいけない。

親も一緒になって子供の読むものを読んで面白さを共同の体験としてもてるようにすれば、子供は読書好き、すなわち、勉強好きになるのだ。

机に向かうことも苦でなくなる。

親が面白がって読んでいれば子供も読んで見ようと思う家庭を作ればよいのだ。

この記事に飽きたら…

その5・子どもの仕事を「学校の勉強」としない・思わない

仕事と勉強を同じように考える人は多い。

仕事だから怠ることなくやるという延長線上に、子供に勉強を押し付けていることが普通の家庭で行われている。

仕事は金を稼ぐためであり、少々嫌でもみんな続けるもの。

しかし、勉強は、理解する能力・理解して覚える能力・推論する能力を磨くトレーニングだ。

時間に縛られず、頭がいっぱいのときは休み(やめ)、気が向くと徹夜してでもやると言うのが本当の勉強。

仕事のように早く済ませる・効率的に進める・嫌でもやらねばならない…という状態では、勉強してもちっとも効果があがらない。

親が昔、自分にやられたように子供に勉強させると、その家庭は遺伝的に子供が勉強できない。

能力には大きな違いがないが、喜んで進んでトレーニングした人としぶしぶ嫌々やった人では大きな違いが出るのが勉強。

その6・親も知的活動を楽しむ(子供と一緒に、ゲーム・読書・クイズなど)

伝統的に、家庭の子育てが「運動が得意な子」か「知的なものが得意な子」のどちらかに偏って育ててしまうのは、親の考え方次第である。

時間があれば本を読む家庭と、外に出てキャッチボールをする家庭では、当然子供が違ってくる。

親が本屋にいつも子供のときから連れて行くと本が好きになり易いだろう。

知的に考えるゲームは、たとえマージャンでも子供の知能を伸ばせる。

将棋・碁・アメリカのモノポリーでも、頭は鍛えられる。

漫画でも読書でも頭を使う。

映画鑑賞も知的活動。

太陽が照っていると、外へ出たくなる子供と家で本を読む子供とどちらが良いかわからないが、少なくとも違った子供に育つ。

運動にしても知的活動にしても「偏りすぎ」は良くない。

知的活動に淫していけない。

家庭のあり方として知的なものに自然に興味を持つようにしていくことが理想的。

考えることが楽しいようにしていけば、自然と勉強に興味が出てくるもの。

その7・自主的に時間管理させるため、親からの希望や話し合った上での決まりと制限を設ける

勉強の強制も勉強の妨げもしてはならないが、子供は親の思う通りに何事もやってくれないもの。

自主的にやらすのが良いと言うが、それで済むほど簡単なことではない。

ゲームに没頭する・漫画ばかり読む…これらにブレーキをかけたいが、どうすればいいのか?

親も悩むし、子供も親が嫌な顔をするのは気分が悪い。

そこで自主的な考えだが、決まりと制限を設けて、違反したときにはしっかり罰を受けると言う家庭の法律(親と子供で決める)を作って守らせるのが良い。

「Grounded」と言うのはアメリカでの家庭での罰だが、取り決めがあるから子供は従う。

無理でない、守りやすい取り決めが良い。

その8・頭を鍛える手段はいろいろ

電卓があるので筆算の仕方を教える必要がない、もしくは、ソロバンは役に立たないから教える必要がないと言われる。

役に立つか立たないかで教育内容の論議が行われる。

以前、著名な方がこの歳になるまで2次方程式の求解などやったことがないので不必要だと主張していた。

エンジニアには必要だと主張しても良いが、それより、頭の自然な発達と言う観点から2次方程式の数学も学術的言語学も生物学の勉強も要る。

体育の逆立ちは日常生活に必要がないから教えないとか、鉄棒につかまって何かをすることは生活の場で役に立たないから不必要だと主張するのと同じ。

暗算ができるという構図は、頭のいろいろな機能がお互いに連携してこそのもの。

この頭の機能を鍛えるため、人間が長い間に習得・可能になったいろいろな知的活動を楽しんで訓練する必要がある。

それこそが「学習」。

逆に、人間が行うことが可能な知的活動が教育の内容やお稽古事になっているとも考えられる。

なんの役に立つかわからない将棋や碁などのゲームなども同じ。

逆に、1と0の長いデジタルの数列から画像を頭の中で想像することは役に立つからといっても、人間には学習できない。

コンピュータにできても人間にはできないものだ。

出来上がった画像から内容を読むのはコンピュータより人間のほうが数万倍も早い。

したがって、歴史に刻まれた知的活動はどんなものでも頭の発達に良い。

ヘンな人間を作らないためにも教育の原点をもう一度考えなければならない。

スポーツと科学は役に立たないことをしていた…それが貴族が生み出したという事実。

その9・「良い子」とは、親にとって「都合の良い子」か?

親も人の子。

「子供の成長」よりも「良い子」であるほうを好む。

自分の子と他人の子と同一に扱うことをし難い。

本当は。他所の子供のように自分の子供を扱ったほうがはるかに良いことが多いと思う。

子供は一所懸命、親に気に入られようとしている。

子どもは、生きていくために親が必要なことを心得ている。

これを利用し、親は物事を教える。

親から見てかわいさを求めすぎ「良い子」になるよう無理をしている。子供も良い子であろうとして無理を重ねる。

結局、無理に無理を重ね最後にどんでん返しのような悲劇が待っているもの。

子供の成長を望むなら、親の言うことをきかなくなる・可愛げがなくなる、そんなときにも子供の成長を喜ぶべき。

昔のように親が忙しすぎて、子供と一体化できないときのほうが良い子に育つ。

心を多角的に広げて子供と一体化しないように、できたら他所の子ども預かって教育者のように育てていくと思うほうが良い。

いろいろな問題が起こるのは「子供に手をかけすぎ」か「あまりにも放任か」のどちらか。

父親と母親の分担は明らかに違うもの。

母親が子供に心を奪われて暴走するのを防ぐのも父親の役割。

真の教育者というものは自分を超える人物を生み出すとき喜ぶ。

自分の子供に対しても「自分に都合の良い良い子」であるより、可愛くないほど憎らしくても「自立し世間に役に立つ人間」を生み出すほうが大切。

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