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  1. [怖い話]本当に怖い話まとめ Vol.61~65
ギャザリーからの重要なお知らせ

更新日 2016/09/07

[怖い話]本当に怖い話まとめ Vol.61~65

背筋も凍る怖い話まとめ Vol.61~Vol.65

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Vol.61 ネットで誹謗中傷ばかりしてたらとんでもないことになったwwwwwwwwww

大学時代友達だった奴が体験した話。




そいつ(仮名N)とはオカルトサークルの飲み会で出会って意気投合した。怖い話が好き程度の俺と違い、Nはホラー映画や小説にも詳しく、話を聞いてるだけで楽しかった。




結局俺はそのサークルには入らなかったが、Nとの付き合いはその後も続いた。Nは入り浸ってるネットの怪談投稿掲示板を教えてくれて、俺もよく観るようになった。




Nも時々投稿しているらしかったが、どれかは教えてくれなかった。俺は主に見るだけだったが、一度思い切って怪談を投稿したことがある。

わりと好評だったから嬉しくて、Nにあれは俺だと明かしたら「話運びがたどたどしい」「描写が甘い」と散々ダメ出し食らってうんざりしてしまい、二度と書かなかった。




Nは他人の投稿を厳しく批判するのが常だった。もちろんそれは並々ならぬ読書経験に裏打ちされていて、はたから見てももっともなことが多かった。




Nに同意する書き込みもあり、特におかしいとは思わなかった。やがて最初の夏休みになって俺は九州の田舎にひと月ほど帰省した。




その間Nとはたまにメールしていて、掲示板もよく見てた。お盆を過ぎた頃、掲示板に変化が表れた。




投稿に対して驚くほど敵意むき出しのレス(レスポンス。返事、反応)がつき始めたんだ。主旨はまあ妥当かなと思ったんだが、とにかくきつくて。これまさかN?とメールで聞いたがそれは否定された。




しかしその日以来、誰かの過激な批判レスは続いた。初めは反発もあったんだけど逆に支持する奴も出てきて、一週間もすると一つの投稿に対して複数の過激な批判レスがつくのが常態化しだした。




俺はこのままじゃマズいと思いNにメールしたが、あいつはどうも反応が鈍かった。自分でも色々と書き込んでみたが流れを変えられず、掲示板の雰囲気は殺伐としたものになっていった。




休みが終わり、大学で久しぶりにNと再会した。俺は自分から掲示板のことを持ち出し、このままじゃヤバいと言った。




しかしNはこれで良いと言った。批判によって投稿のレベルが上がり、よりよい掲示板になると。




投稿が減ってきているとも訴えたが、転換期だから仕方がない。いいものが残ればいいと言うだけ。




俺は愕然とした。内心の疑惑がはっきり形になった。過激な批判を始めたのはNだったんだ。




そう悟って以来、Nと会うことが少なくなった。掲示板は投稿ががくんと減り、たまにあったかと思えば待ち構えていたように批判レスがバンバンつくといったあり様だった。




この頃になると内容がただの誹謗中傷だったり、何でも当てはまるようなあいまいな文言だったりするものも多く、いわゆる荒れた状態だった。




俺は楽しい遊び場をNに奪われたようで腹立たしかった。




疎遠になったまま秋が深まり、大学祭が近づいてきた。スタッフだった俺は忙しく動き回っていた。




ある日の夜、チラシを作るためにPCルームへ行った。入室して見渡すとまばらにいた人の中にNがいた。




何やら一心不乱にキーボードを打ち込んでいる。横顔がひきつっていた。俺はわざと後方からそっと近づいていきNのPCの画面を覗いた。




掲示板に書き込んでいる最中だった。バカだの死ねだのといった単語やwの連なりが見えた。俺は背筋が寒くなり、そのまま退室した。




大学祭も終わり寒くなり始めた頃、Nを見かけなくなった。週2、3コマ被ってる講義にも来なくなった。共通の知り合いに聞いても、最近連絡を取っていないとのこと。

少し気にはなったがメールはしなかった。掲示板も見なくなっていた。




そのまま年が明け、後期試験も終わり春休みが始まるという2月初め。Nからメールがきた。会ってくれないかという。




今さらなんだと思ったが、メールを返さないでいると電話までかかってきた。よくわからないが、とにかくせっぱ詰まった様子だけは伝わってきて、承知してしまった。




翌日大学近くの喫茶店で会った。およそ2ヶ月ぶりに見るNはげっそりやつれていてしょぼくれてザ・不健康て感じだった。開口一番、Nは言った。




「変な夢見るんだ」




「はあ?」




「出てくるんだよ。山なんだ。ずっと道が続いて。それで俺、今にも」




「ちょっとちょっと!意味がわからんて。一体どうしたんだよ。ちゃんと説明してくれ」




俺が言うとNはおもむろに水をガブリと飲んだ。そしてしばし俺を見つめて、さっきとは打って変わってささやくような声できいた。




「お前まだ掲示板観てるか?」




「いいや、もう長いこと観てない」




「観てくれないか」




「……別にいいけど」




久しぶりの掲示板は相変わらず荒れていて、見るも無惨だった。




「開いたよ?」




「しばらくログをさかのぼってみて。12月なかばくらいまで」




誹謗中傷や下らない下ネタが視界を流れていく。やがて12月に入った。




「来たぞ」




「そこに話があると思うんだ」




「何て話?」




「山でドライブしてたらとかいう出だしの……」




「ちょっと待ってね……ああ、あった」




「それ読んでみて」




以下その話。









夏に友人たちとドライブしていたとき起こった話。




行ったことのない他県の山の中を当てもなく走っていた。緑が鮮やかで風が心地よかった。野郎ばかりなのに歌まで歌い出したりして。




同じような曲がりくねった道を行くこと数十分。あるカーブを曲がったとき一人が声をあげた。




「あ、何あれ!」




少し先に待避所みたいなスペースがあって、そこに妙なものがあった。




「ガラス張りの……部屋?」




「やけに細長いけど」




「行って見ようぜ」




俺たちは待避所に車を入れて降りた。それに近づく。




「床屋?」




俺はつぶやいた。透明な外壁の全長10メートルほどの部屋の中に理容椅子と思しきものが4脚ほど並んでいる。人の姿は見えない。向かって左端に手押しのドアがあった。




「へー、これすげえじゃん」




お調子者の一人が駆け寄って行った。俺たちもぞろぞろついていく。




ドアはあっさり開いた。中にはレジカウンターやロッカー、シャンプー台などがあり明らかに理髪店のようだった。空調が作動してる様子はなかったが不思議と暑くはなかった。




「ちょうどいいじゃん。みんな座れよ」




お調子者が言うなり一番手前の椅子に座ってみせた。誰もいないし俺らも座ってみた。正面に車の通らない車道が見える。セミの声。小鳥のさえずり。しばしボーっとしていた。




「はっ」




不意に目が覚めた。いつ眠ってしまったのか。思わず椅子から立ち上がった。外はまだ明るい。他の連中はまだ寝ている。




「おい……おい!」




起こすと皆ぼんやりとして周りをキョロキョロしながら立ち上がった。




「何で寝たんだろ」




「何か気持ちいいんだよな。さすが床屋の椅子だけある」




俺らは外へ出た。むわっっと熱気が肌をなでてくる。

「結局何なんだろうな」




車に戻りハンドルを握ると助手席に座りながらきいてきた。




「期間限定とかじゃね。で昼休みに買い出しに行ったとか?」




後ろで寝そべったお調子者が言う。それぞれ勝手なことを言いつつ、その後はファミレスでだべって、TSUTAYAに寄って、夜10時頃、俺は家に向かって一人車を走らせていた。




ふとルームミラーで何かが動くのが見えた。後部座席に誰かいる?俺は思わず路肩に寄せて後ろを確認した。何もいない。




「びびらせんなよ~」




わざとらしくひとり言を言いながら帰宅した。









「読んだけど」




「その後のレスも観てくれ」




ログをスクロールしていく。例によって批判というより中傷に近いレスが続いている。曰わく「オチがしょぼ過ぎ」「地名ちゃんと書け」「セリフが不自然」「カス」「死ね」etc.




Nのものらしき長文の批判もある。不必要な煽りや罵倒を除いて要約すると「山の中にガラス張りの床屋なんてある訳ない。リアリティがない」という感じ。




「この長文お前だろ?」




「その後も読んで」




「後もっていつまで……」




言いながらログを追っていくと画像が貼ってあった。文章はなし。クリックする。雑草だらけの中に透明な部屋があった。理容椅子が2脚ばかり並んでいる。




「あ、床屋の画像があるじゃん」




「それだよ」




「語り手が証明のために貼ったってこと?」




「わかんないけど、それで俺、謝れば良かったんだけど」




Nらしくない弱気なセリフに少し驚いた。




掲示板に目を戻す。画像に対して不気味がるレスがいくつかついていたが、その後にまた長文でおとしめるレスがあった。Nだろう。




今度はほぼ中身のない悪口だった。明らかに引くに引けなくなり、ムキになっているぽかった。しかしそれ以降は広がらず、また別の投稿がなされそれに対する口撃にシフトしていた。




「一通り読んだけど」




「その時はすぐ忘れたんだ。でも先週になって突然夢に見るようになって」




「さっきの山道の夢って、この話に出た山道ってこと?」




「多分そうなんじゃないかと思う。車に乗って走ってるんだ」




「お前が運転してんの?」




「その辺がはっきりしないけど多分違う。後ろに乗ってるっぽい」




「他に誰か乗ってんの?」




「うん。そんな気配がする」




「それ投稿者ってこと?」




「そんなん知るかよ。で、ずっと緑の山の中を走ってるんだ。」




「カーブばっかり?」




「そうそう。同じような感じの連続なんだけど……」




「だけど?」




「わかるんだよ。近づいてるのが」




「ガラス張りの部屋に?」




「ああ。もうすぐ……ここ曲がったらあれが姿を現すんじゃないかって。そしたらたまらなくなって車から飛び降りたくなって。でも体は動かなくて。つかまれてる感じもあって」




「何日も観てるのか?」




「毎日じゃないけどもう5回くらい観た」




Nは小刻みに震えているようだった。見開いた目が血走っている。




「徹夜したのか」




「今夜辺り着いちゃうんじゃないかと思ったら眠れなくて」




「呪いとか?とりあえず謝った方がいんじゃね」




「謝罪レスはした。でももう手遅れっぽくて。その後も止まらないし」




その後もNはおのれの恐怖を切々と語っていたが、俺にはとんと実感はなかった。Nが今夜一緒にいたがる感じなのを振り切って別れた。




正直信じてなかったし、俺に会いたくてでっち上げたんじゃないかとすら疑っていた。それでも帰宅してシャワーを浴びてさっぱりしてみると、ちょっと気分が変わって少し真剣に考えてみようかと思えてきた。




例の話をもう一度読み直してみる。




確かに後部座席で動く影を観ただけなんてしょぼすぎるオチだ。しかし……。何度か読み返していると何やら違和感がある。どこかおかしい。




気付いた時思わず声が出た。




話の登場人物がどうやら終盤で1人減っているのだ。断言は出来ないが、そう取れるような描写がなされている。最後のくだりもこのことを暗示していたのでは……。




これが本当のオチだったのか。Nも他の誰も気付かなかった。だから……?

考えがまとまらないままとにかくNにメールして伝えた。Nからはすぐ返信がきて、すぐ掲示板に書き込んで欲しいと言ってきた。




お前がやれと返したら、怖くて無理との返事。正直面倒だったが乗り掛かった船だからと書き込んでやった。ロムってたらしくすぐ御礼メールがきた。




それからNは例の夢を観ないようになり元気を取り戻したようだったが、結局疎遠になり2年に上がってからは講義も被らず没交渉になってしまった。

Vol.62 大学に行く途中無性に山に行きたくなった

10年近く前の俺が大学生だった時の冬の話。




田舎だから大学には車で通ってたんだけど、その日も大学に車を走らせてたら、本当に突然、なぜだか無性に山に行きたくなった。それで突発的に車で1時間くらいの距離にある山に行くことにしたんだ。




その山には車を置いて、徒歩で40分くらいのところに滝があるんだけど、けっこうなケモノ道とか、川を渡ったりとかしなきゃ行けないところで、俺は大学に行く格好のままその滝を目指して歩いた。




途中で何人かすれ違った登山客が、えって顔でこっち見てたな。冬だし、山登りの恰好じゃないし、あやしいと思ったんだろうな。

まだ雪は降ってなかったから、俺は滝に着いて、適当に近くの岩に腰を下ろしてそのままぼーっとしてた。なんかすごい楽しくて、今日は大学行かずにずっとこのままここにいようと思った。




けっこう気温は低かったはずだけど、寒いと思った記憶はない。そのうちだんだん眠くなってきて、俺はそのまま眠っちゃったらしい。




そしたら夢の中に死んだじいちゃんが出てきた。じいちゃんはきりっとした軍服みたいの着てて、周りが白く光ってた。そんで、微笑みながらたった一言、「大丈夫だよ」って言った。




その瞬間目が覚めた。もうその場にいたいという気は失せてて、俺はいそいで山を下りた。




幽霊にあったとかじゃないけど、もしあのまま眠りこけてたらと思うと、俺的には洒落にならない話。




今思えばあれ、じいちゃんの海軍だった時の制服なんだろうな。じいちゃんはミッドウェーで沈んだ某空母に乗ってた。




それ以来、一人で山には行ってない。

この記事に飽きたら…

Vol.63 私、体重120キロのデブ女でゴミ屋敷に父親とふたりで住んでる。

怖い話するね。




私、体重120キロのデブ女で、ゴミ屋敷に父親とふたりで住んでる。




この父親に関して怖い話がいくつかある。父親は私と違ってごく普通の体型の60歳のおじさん。




たまに、ゴミ屋敷の我が家には父の知り合いとか友達が訪ねてくるんだけど、そのときになぜか変なことが起きるんだ。あ、ちなみに私に友達や知り合いはいないから私の客は来ない。




はじめのうちは、その父親の知り合いや友達は普通に会話したりお茶を飲んだりしてるんだけど、だんだん様子が変になっていって、声が大きく怒ったようになっていったり、父親や私を非難するようなことを言うようになるんだよね。

それが1回や2回ではなく、来た人の大半がそんなふうになる。




怖いよ




はじめはにこにことしゃべってるおじさんが、だんだんヒートアップしてきて




「山田家の人間はこういうところがだめだね!山田家はもうこんなゴミ屋敷で仕方ないね!」




って延々と説教を始める。

女のおばさんの場合でも




「あんたらはどうかしてる!もっとちゃんとしなさい!この家はもうあんたたちで終わりだね!この馬鹿どもが!」




て大声をあげる。




で、たいていの人が怒って家を去っていく。ひとりでしゃべってひとりで怒ってひとりで帰っていく。




で、またこのゴミ屋敷に用があってやって来る。またひとりで怒って帰っていく。こんなことが何度も何度も起こる。




あ、ちなみに我が家はたしかにゴミ屋敷だけど、客間とトイレと廊下と風呂場はわりときれいにしてる。車庫と台所と、私と父親の部屋がやばい。




私の部屋にはお菓子やアイスのゴミの入ったビニール袋がいっぱい。あとホコリや髪の毛やペットボトル。




父親の部屋はもっと混沌としてる。なん十冊もの古雑誌、会社や町内会の十年以上前の書類、父の学生時代の教科書、ノート、文房具、その他あらゆるゴミゴミゴミ。




私も父も片付けることができないし、片付ける気力もないし、あと散らかってるほうが落ち着くからゴミまみれなんだよね。




で、話をもとに戻すけど、今まででいちばん恐くてやっかいで、記憶に残ってるお客さんがいるんだよね。




そのひとは父とどういう関係か忘れたんだけど、50代くらいのひとだった。仮に佐藤さんとする。




佐藤さんは、お土産に父の好きなお酒や魚のひものを持ってきて、にこにこ笑いながら父と話してたんだ。




私の作った手料理を食べてほろ酔い気分って感じだった。はじめのうちは。佐藤さんはだんだんだんだんヒートアップしていった。




いやー山田家はほんっとにだめだね!




山田家の人間は仮面被ってるね!




本当の姿を見せないね!




表面だけの付き合いだね!




上っ面だけだね!




それが山田家の特徴なんだろうね!




本当に仕方ないね山田のうちのもんは!




どうしようもないね!




だめだね!




そんなことを、延々と、延々と繰り返した。父はただ仕方なさそうに笑って佐藤さんの話を聞いていた。父は気が弱いたちだから。




私は台所にいて、佐藤さんの大声と、父の、はあ、はあと言う声をきいてた。内心はらはらしてた。で、佐藤さんは急に、黙りこんだ。しーんとなって。どうしたんだろうと思ったら、




帰る!!




と子どもみたいな調子で、叫んだ。佐藤さんはどすどす足音を立てながら玄関まで来たから、




私は「ああ、もうお帰りになるんですか」




といいながら後を追った。佐藤さんは玄関を3、4歩出て、くるっと振り替えってこう言った。




「もう、山田家は終わりだね」




その一言が、本当に残念そうな、むなしい感じのする一言だった。佐藤さんは、それきりもう二度と我が家に来ることはなかった。




いま、父に佐藤さんのことを聞いた。父と高校時代の同級生だったらしい。父は農林高校の土木科を出てる。




父とふたりで、話し合ったこともある。




どうしてうちに来るひと、みんなみんな変な風になるんだろうね。なんで怒るんだろう。どうしてみんなわけのわからないこと言うんだろう。




どうしてだろう、たしかに我が家は壊滅的だよ、ゴミ屋敷だしボロ家だし、母親と他の兄弟は離婚して出ていったし、私は働いてないし。




父は定収入で大酒飲みのアル中。近所親類からは哀れみの目で見られてる。




でも、来た人来た人みんな怒るのはなんかあるんじゃないか。目に見えない原因が。なんか、あるのかな、霊的なものとかが。

Vol.64 生首のロンパった目がぐぐぐ…って

以前、某県の工業高校に勤めてた時。




勤務中にものすごい腹痛が襲ってきて、休憩室(職員のロッカーが置いてあって、昼ご飯を食べたり出来る8畳位の畳のスペースがある)でちょっと横にならせてもらったんだ。




そこは昼ご飯の後昼寝してたりすると結構な頻度で金縛りにあう場所で、その頃は近寄らないようにしてたんだけど、どうしても苦しくて…金縛り以外おかしな目にあったことなかったし。




そんで、横になってウンウン唸ってた時。金縛りにあってしまった。

あーマジかよ、こんな時に…何でここで休んじゃったんだ…とか思ったけど、力を入れて金縛りをとく気力もなく、ぐったりしてたら、何か足音が近づいて来たんだ。




畳を踏む音じゃなく、砂利道を硬い靴で踏みしめる様な、じゃりっじゃりって音。明らかに畳の上の音じゃないのに、すぐそばで、しかも重みまで感じるくらいリアルだった。




そんなのが、横向きで腹をかばう様に寝ていた後頭部の辺りから近づいて来た。こっちから姿は見えないけど、確かにいる。




腹の痛みとか気にならなくなるくらいパニックになって、とにかく起きてることに気づかれちゃダメだ!って思って、目を閉じて(金縛りにあっててそもそも動けないのに)死んだふりみたいに力抜いた。




そしたら、いきなり




ドンッ!!!




ってすごい衝撃を腹の辺りに感じた。思わずビクッとして目を開けてしまって、腹を見た。びっくりし過ぎた衝撃で金縛りがとけたのかもしれない。




腹のところには、何かナタみたいな刃物が刺さってて、その横に生首が落ちてた。短い髪の、おっさんみたいな。




おっさんの視線はロンパってたんだけど、ゆっくり、こっちに視線を合わせようとしてるのが分かった。それを認識した瞬間、とんでもない勢いで跳び起きて、ダッシュで職員室まで逃げた。




俺が腹痛で休憩室にいるって知ってた教頭先生が、顔真っ青で走り込んで来た俺のことをめっちゃ心配してくれて、俺もさすがにあんなものを見たなんて言うこともできず、進められるままにその日は早退。




帰り道、腹痛はさらにひどくなり、駅で嘔吐して意識失って救急車で運ばれた。十二指腸潰瘍だった。三日絶食の後、胃カメラ飲んで検査して、何とか手術はなしで済んで退院できた。




結局、あれがなんだったのかよく分からない。




金縛りによくあうんですよーって話してた時、あそこの休憩室で用務員さんが首を吊って亡くなったっていう七不思議があるらしいよ、とは聞いたけど、冗談めかした噂程度だったし。




その後ほとんどロッカーも使用せずにそこに近寄らなかったから、後日談もない。




でも、薄暗い中、腹に突き立った刃物のやたらリアルな重さと、生首のロンパった目がぐぐぐ…って音を立てる様な感じにこっちを向こうとしてた動きが、未だ忘れられない。

Vol.65 病院で話しかけてきたお婆さん

この話は実話です。私自身も体験したのですが、当時はなにも気付きませんでした。霊などはでません。




それはまだ私が幼いころです。記憶はあいまいなのですが、確か妹がまだ赤子だったので、私は小学生の低学年だったと思います。




当時妹はひどい小児喘息で、診察と常備薬を処方してもらうため、車で1時間ほどかかる遠方の病院に通っていました。私は病気でもないのに、よくそれについていきました。




なぜなら幼いころはたとえ病院だろうと遠くに行くだけで楽しかったですし、それに道で外食をすることがあったのです。




一方手間がかかる私をつれていくのを母は嫌がり、家にいなさいと言っていました。私はそれでも無理を言って病院についていきました。

病院では、私はいつも妹が診察をうける間、病院内をうろうろと歩いておりました。いつものように広い病院を探検する気持ちで歩いていると、いきなり院内服を着た知らないお婆さんから話しかけられました。




「ぼく、アメいる?」




そのお婆さんは真っ白な白髪に、まばらに残る黒髪が印象的で、体格は小柄、それにひどく痩せていました。顔色も悪くて不健康そうに見えました。




思い詰めたように暗くて疲れきったような表情に見えます。なにより私を見る目が怖かったのを覚えています。




お婆さんは、自分はここに入院しているのだといいました。前からよく病院内を歩く私をみて話しかけたかったのだそうです。




寂しいから友達になって欲しいといいました。私はお婆さんを怖いと思ったので嫌だと思い、黙って首を横にふり、母の元に逃げました。




お婆さんがそろそろと私のあとをついてくるのがわかりました。




私は妹を抱く母を見つけると、泣きながら駆け寄り、お婆さんを指差しながら変なお婆さんがついてくるといいました。




お婆さんは、いつの間にか僕のハンカチを持っていて、落としましたよと言いました。母は、すいませんと謝りハンカチを受け取ると、私には失礼なことをいうなと叱りつけました。




お婆さんは、いいんですよ、と母に近寄り、そこで驚いたように口を開けると涙を流しはじめました。お婆さんは母をみていいました。




「娘にそっくり」




お婆さんには10年以上昔、母にそっくりな娘がいたそうで、その娘さんを病気で亡くされてたそうなのです。母は、そんなお婆さんを可哀想な顔で見ておりました。




それからお婆さんは、母と妹が病院に行く曜日には入り口で待つようになりました。そうして妹と僕にお菓子やおもちゃをくれるのです。




死んだ娘と一緒にいるようだと喜ぶお婆さんを母は断れないようでした。




いつの時間にいっても入口にいるお婆さんが気味悪くなり、私は病院へはついていかないようになりました。




そうして何ヵ月かたったころでしょうか、母のほうから私に病院についてこない?と誘うようになりました。私は不思議に思いながらも、帰りに美味しいものをごちそうしてくれるかもと思い了承しました。




病院につき、妹の診察が済んで母と受付を待っているとき、今日はお婆さんはいないんだ、もう退院したのかもしれないと思っていると背後から声がしました。




「見つけた」




振り返ると例のお婆さんが笑って立っていました。母の顔はひきつっています。お婆さんは院内服ではなく、私服をきていました。




「〇〇(母)ちゃん、最近月曜日に見ないから寂しかったのよ。通院する曜日変えるなら教えてよ」




お婆さんは、私を見て笑いました。




「久しぶりね〇〇くん、今日はおばさんがご飯につれていってあげるね」




断る母を強引に説き伏せて、お婆さんは私達を近くのファミレスにつれていきました。食事の間お婆さんはずっと笑っていました。お婆さんと母の会話が変な会話だったのを覚えています。

「ふたつあるんだからいいじゃないの」




「いい加減にしてください」




「いいじゃないの」




「警察を呼びますよ」




「じゃあこれを読んで」




お婆さんは母に封筒を渡しました。




その日の帰りの車は、いつもとは違う道を走ったのを覚えています。それと、車の中で母が変な質問をしてきたことも。




「Y(妹)ちゃんを可愛いと思う?」




「……うん」




「あなたはお兄ちゃんなんだから、なにかあったらYちゃんを守らないといけないよ」




「うん」




「来週からYちゃんと一緒に病院にきてそばから離れたらいけないよ」




「うん」




当時はなぜ母がそんなことを言うのかわかりませんでした。




それから毎回病院でお婆さんと私達は会いましたが、ある日を境に急に見なくなりました。




それから十年以上たち、母にそういえばあのお婆さんどうしてるんだろうね?と尋ね、返ってきた答えに私は震えました。




「あの人は多分亡くなったよ。それに、お婆さんじゃなくて私と同じ年なの」




私は驚きました、当時の母は30才代でしたが、お婆さんはどう見ても60才はいってるように見えたのです。




母から聞いた話はこうです。




退院してからもいつも病院で会うおばさんを不思議に思い、母は知り合いの看護師にお婆さんはそんなに悪い病気なのかと尋ねたそうです。




おばさんは病気ではなく、自殺未遂で入院していたというのです。




娘が亡くなったショックで自殺未遂をしたお婆さんの外見はみるみる老けていき、亡くなった娘というのはまだ赤ちゃんだったそうです。それなら母と似ているはずがありません。




そういえばお婆さんが母に向かって娘にそっくりだと言った時、妹が母に抱かれていたことを思いだしました。お婆さんは妹に向けて言っていたのです。




最初は優しかったお婆さんは次第に母に妹を譲るよう懇願してきたらしいのです。もちろん母は断りました。




妹をさらわれるとお婆さんが怖くなった母は、私を見張り役として病院に付き添わせてたそうです。そして封筒の中の手紙を見せてくれました。




短い文でした。




『近く娘のところに行きます あなたのせいです ずっと恨みます』




おわり

ライフスタイルのランキング 05/27更新

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